【なぜ重要?志作文を書くこと】担任の村上より | 東進ハイスクール市ヶ谷校|東京都

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2016年 12月 4日 【なぜ重要?志作文を書くこと】担任の村上より

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みなさんおはようございます、こんにちは、こんばんは。

担任を務めさせていただいています、村上です。私も3回目の登場です。

 

東進の高1・2生は12/1より新学年に切り替わります。

今大事なことは、やはり夢・志。今考えられる範囲で構いません。

将来どうなりたいのか、どう生きたいのか、しっかり考えることです。

受験生も同じです。なぜ今受験に向かって努力するのか、もう一度振り返って考えて欲しいです。

 

11/28日、突然の小林校舎長の志作文に触発され、私も自分の志作文を紹介したいと思います。 

長くなりますが、少しだけお付き合いいただけると幸いです。

 

 

私の夢は、たくさんありました。小さいころから考えたら、本当にたくさんです。幼稚園の時にサッカーをやっていたのでプロのサッカー選手になりたかった。当時の西武松坂選手に憧れ、プロ野球選手になりたかった。小学校のイベントで養護学校の生徒との交流を深める会があり、そこでの経験から養護学校の先生になりたかった。英会話を習っていて、英語で会話できることの楽しさを知り、将来英語を使って仕事をしたいと思った。

 そんなことを考えていた当時中学2年の私に、人生最大のショックな出来事がありました。5つ上の兄が亡くなったのです。まるで意味がわかりませんでした。何が起きたかわかりませんでした。一人の人生というのはこんなにもあっけなく終わるのかと思いました。兄の前で毎日泣き続ける母を見て、自分は両親が誇りを持てるような人間にならなくてはならないと思いました。母まで後を追うのではないかと心配だったので。

 高校でも色々な夢がありましたが、とにかく自分は逞しくなりたいと思っていたので、まずは心と体から鍛えようと思いました。多くの人が初心者であり、かつ県内でもトップクラスの実力であるラグビー部に入部しました。ここで活躍することで自分にも自信をつけたかったですし、両親にも私に誇りを持ってほしかったのです。秋ごろには1年生にして新人チームのレギュラーとして活躍できそうなところまで頑張りました。

 ここで人生第二のショックな事件です。新人戦決勝トーナメントを目前にして膝の靭帯を断裂しました。全治一年、ここでも頭が真っ白になりました。頭の中で描いていた高校時代がすべて消えてなくなりそうでした。何もわからなかったです。ただ何も考える暇もなく、手術、リハビリ生活が始まりました。ただ、みんなが復帰を望んでくれていたので、それに応えようと必死にリハビリと筋力トレーニングに取り組みました。9か月後には無理なプレー以外はできるようになり、復帰しましたが、周囲より一歩前を進んでいたのはけがをする前まで。復帰してからは周りについていくのが精一杯でした。とても悔しかったです。全部投げ出したかったです。こんな思いがチームに悪影響を及ぼしていたのかもしれません。私の代のチームはその数年の中で最も成果を挙げられずに県内ベスト4止まり、東北大会にも出場できませんでした。私は傷ついた体で何もかも嫌になり、強豪の多くの3年生は花園を目指して秋の予選まで部活を続ける中で、6月の高総体で引退を決意しました。

 それからは思い描いたような高校生活にならなかったことが原因か、心にぽっかりと穴が開いたような生活をしました。ある程度受験勉強をしてはいましたが、何一つ集中できず。東北、北海道大学あたりの旧帝大を目指して勉強しましたが、何のために勉強しているかもわからず。夢なんて忘れてしまいましたし、自信も喪失していました。最終的には現役生特有の最後の伸びがなく、旧帝大には届きませんでした。進学先もなんとなく点数が高かった化学を勉強できるところ、という感じで進学しました。

 高校卒業後、地元を離れて地方の国立大に進んだ私は、それまで真面目だった自分を捨てて伸び伸びと大学生活を楽しむことにしました。幸い多くの友達ができ、少しの勉強と多くの趣味の時間、友達と過ごす時間が辛かったことを忘れさせてくれました。

 そんな私に人生の転機が訪れます。さすがにお金が足りなくなった私は、先輩に紹介された家庭教師のアルバイトを始めました。旧帝大を「目指していた」ことはあったので、地方国立志望者、中学生を対象に勉強を教えました。生徒に対して、自分なりの勉強方法や、勉強することの意義を伝えました。「一番成績が伸びるのは、俺の授業の時間ではなく、その他の時間を使って自分で考えた時間だよ。考え方は教えられるけど、その力を身に着けるのは自分自身の努力次第だ」なんてことを偉そうに伝えていました。そんな指導を続けていたある日、生徒の成績が劇的に変わったのです。生徒もとても嬉しそうでした。「先生のおかげです」なんて言われた時には天にも昇る思いで喜びました。その一方で悔しさや情けなさもありました。「自分自身は何に向かって頑張っているのだろう」と。自分の言葉を一生懸命に考えてくれて、実践してくれている生徒に胸を張って自分のことを語れるのかと。

 これを機に、猛烈に勉強しました。できることは何かと考えましたが、特に何も思い浮かばなかったので、とにかく目の前の大学の勉強です。生徒に頑張れといった分、自分も頑張らなくてはと思いました。最終的な成績は、その大学でオールA以上の成績を残しました。家庭教師の指導も自信をもってできるようになりました。自分の勉学の時間も確保しながら、生徒にも多くのことを還元する。充実した日々でした。この時に、こんなことを自分の仕事にしたいと思いました。生徒と一緒になって努力することで、お互いに成長できる仕事がしたいと思うようになりました。

 今の自分では経験が物足りないと感じた私は、すぐに教育業界に飛び込むことはしませんでした。もっとすごい経験をして、もっと生徒の心を動かすようにならなくてはと、大学院入試で自分にチャレンジしようと決意しました。研究室生活と受験勉強を並行し、大学院受験で東工大に合格しました。

 東工大では正直過酷な日々を過ごしました。周囲は研究をしたくて、将来研究者になりたくて来た人しかいないので、私のように教育のために自分が成長したくて来た人はいませんでした。人生をかけて研究に打ち込み、それを仕事にしようとしている人たちと、私のモチベーションははるかに違いました。このギャップに当時はひどく滅入り、自分がここに来てはいけなかったと思うこともありました。ただここでも、ここで投げ出してしまう様な人になっては、教育者としてはだめだと思い、踏ん張って研究に打ち込みました。大学院2年になると、後輩が入ってきたこともあり、未熟ながらも教育者としての心に火が付きました。後輩に良い手本を見せなければ、と。その頑張りが功をなし、海外で学会発表する機会をもらうことが出来るまでになりました。この経験は人生における大きな財産でした。小学校の時に思っていた海外との交流が達成された経験でもありました。そして何より、一時は何のために頑張っているかもわからず、自暴自棄になって、学歴コンプレックスに悩まされていた自分を払しょくできる経験でした。この時に、自分のような人間でも世界を相手に戦える人間になれるのだと実感しました。

 身の回りの多くの人が自分自身を諦めていました。自分には力がないからと。命まで絶った兄もいましたし、命を絶とうとした友人もいます。そんな人たちにも、これから辛い思いをする人たちにも伝えたいです。自分も同じように思っていたけれど、ここまで来ることが出来たのだと。努力することは決して自分を裏切らないと。それまでたったの25年間ではありますが、その短い人生をかけて私がそれを証明したぞと。これが私のライフミッションとなりました。

 就職活動では大学時代に描いていた当初の思いをかなえるために、教育業界を選びました。東進ハイスクールは何よりも心の指導に力を入れており、自分のこの想いを真っ直ぐに生徒に伝えられる場所はここだと思いました。「努力することこそ、人生の真・善・美である」を信条としている。生徒が夢・志を成し遂げるための指導をできると思いました。

 小さい頃多くの夢がありました。今でもそれを叶えたいとも思っています。なぜなら努力さえすれば、何かしらの形で想いが形になることを知りましたから。本気ですべて叶えたいと思っています。教育という仕事を通して。教育という仕事を通して私の夢も、みんなの夢も叶えたいと、そう願っています。今の自分なんて関係ない。なりたいと思った自分に向かって精一杯努力してほしい。その一心でこの仕事を、精一杯にやり抜きたいと思っています。

 

 

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。すみません、長々と。

夢・志、そんなにすごい考えだと思っていることでなくても構いません。こういった考えは自分自身をとんでもないところまで連れて行ってくれる強烈なドライビングフォースです。

皆さんも改めて、なりたい自分を思い描いて、そこに向かって努力してみませんか。

今だからこそ考えるべきなのです。それほどまでにこの時期はみんな成長できるのです。自分の可能性を信じてください。

 

合格設計図の項目の一つである志作文、しっかりと書き上げていきましょう。

そして、ぜひここから一緒に、一生懸命に頑張っていきましょう!

 

村上

 

☆本日のMVP☆

センター英単語1800ついに完全修得!おめでとう!!

夏からの努力が実った!

 

 

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